琉球藩、そして沖縄県へと姿を変えた明治時代

琉球王国から琉球藩へ

本州からだいぶ離れた位置にある沖縄県は、北海道と同様に本州の各都道府県とは異なる歴史をもつことで知られます。中世から江戸時代にかけて本州では天守閣を持つ城が続々築城されていた中、沖縄では西暦1400年代前半から1800年代後半まで長く琉球王国が栄えてきました。那覇市を代表する観光スポットで、本州の城(天守閣)とはまったく雰囲気が違う「首里城」は琉球王国時代に建造されたものです。江戸時代が終わって本州では明治時代に入って廃藩置県が行われましたが、この頃に鹿児島県(旧薩摩藩)の支配下にあった琉球王国と明治政府との様々なやりとりが行われます。そして、全国各地の藩が県に変わっていく中にあって、琉球王国はまず明治5年に「琉球藩」となりました。

琉球藩から沖縄県になるまでの過程

明治時代初期に琉球藩が出来た事によって、琉球王国が終末を迎えたわけではありません。明治4年に発足した鹿児島県(旧薩摩藩)の支配下にあった一方で、長く影響を受け続けてきた中国との関係も続いていました。しかし、400年以上栄え続けた琉球王国は琉球藩発足の7年後に完全な終末を迎える事になります。明治12年(1879年)3月に日本政府は中国との関係を断絶させる事、そして、7年に発足したばかりの琉球藩を廃止して沖縄県とする方針を固めました。その後、武力による強制的な廃藩置県(通称=琉球処分)が行われ、琉球王国は中枢である首里城を明け渡します。また当時の藩王・尚泰王一家は明治政府の命令で東京に移住しました。これをもって長く続いた琉球王国時代が終わりを迎えたほか琉球藩も廃止され、明治12年4月に沖縄県が誕生したという歴史をもちます。

西表島のツアーは、島にある自然を生かしたスキューバダイビングや、カヤッキング、シュノーケリングなどが多いです。ツアー説明では、それらが典型例としてよく挙げられます。